東京高等裁判所 昭和40年(う)2135号 判決
被告人 徳田隆男
〔抄 録〕
よつて所論に鑑み原裁判所において取調べた各証拠ならびに当審における事実取調の結果に基いて本件蛇行運転の実体につき検討してみると、証人辻節郎の原審における証言によれば、「ジグザグの方法は相当激しかつた、これは振落されると思い必死で運転台の屋根を越え荷台の方に移つた。」(一五七丁表及び裏)「ジグザグの回数は何回も何回もで、結構やられたように思う。」(一六二丁、四七八丁)というのであり、また被告人の車が給油所から走り出した際これを目撃して多少あとを追つた荻野友吉は原審における証人として「物凄いジグザグでしたね、道路を有効に使つて右に行つたり左に行つたりしておりました、ジグザグの回数は三、四回位と思います。」(四八九丁裏、四九〇丁)と証言し、また更に被告人の車の運転席左端に同乗していた古家野も原審証人として、「ジグザグの回数ははつきり覚えてはいないが五回位ではないか、道路一杯の大きなもので自分自身これを見ている。体に反応があつたし、おつかなかつた。ドアがちやんとしまつてなかつたから反動で自分達が落ちるのじやないかと思つたし、相手も振落されて死んじや大変だと考え『止めろ』と言つた。」「ジグザグの度に体が左右に揺れるのでどこかに掴つていた云々。」(五一九丁裏、五二〇丁、五二四丁裏、五二七丁裏、五二八丁、五三一丁、五四〇丁)と証言しており、また右蛇行運転時における被告人車の速度については、前記辻証人は時速約四〇乃至五〇キロメートルと証言し同古家野証人も時速約六〇キロメートルと証言しているのであつて、「これら各証言からすれば、被告人のなした蛇行運転は同乗者にさえ相当の動揺を与える程度のものであつたことが明らかであり、当時被告人車の運転席が定員を一名超過する状況であつたとしても、被告人は免許こそ有しないが約四年もの運転経験を有していたこと(三三二丁、四四一丁)、ギヤチエンジ及びクラツチペダルの操作を優になし得ていたものであること(三四四丁裏~三四五丁)、本件徳丸本町の給油所に至るまでも北区西ケ丘付近から相当の距離を現に運転してきているものであること、本件現場の道路面の状況が良好なものであつたこと等を考慮すれば、右運転席の状況をとらえてハンドル操作が著しく困難であつたと断言することはできず、前記蛇行運転などできない状況であつたということはできない。而して被告人の蛇行運転中止の時点が、被害者辻が必死になつて運転席の屋根をのりこえ、落ちこむようにして後部荷台に移つた直後頃であることは、証人辻節郎の原審(一五八丁、四七九丁裏、四八二丁裏)及び当審における証言により明らかであり、現に被告人自身も昭和三九年一二月五日行われた司法警察員の実況見分に立会し、「この付近(三喜モータース前付近)で被害者が荷台に移つたのでジグザグ運転をやめた。」(一一七丁裏)と指示説明しているのである。したがつて、以上の各事実からみれば、被告人のなした蛇行運転は、原判決がいうような緩やかなものであつたとは思われず、まして、被告人が蛇行運転を中止したのは、それが被害者にさほど動揺を与えずこれをボンネツト上から振落すことが不可能とみたためではなく、被害者がボンネツトに比べはるかに安全度の高い後部荷台に移つてしまつたため、なおジグザグ運転を続けても無意味になつたからこれを中止したものと見るべきものである。原判決は、被告人のなした蛇行運転の程度、態様乃至その中止の理由に関し、すでに事実を誤認しているものといわなければならない。
更に、原判決が「被害者は上半身をボンネツトに密着させて腹這いとなり、足はバンバーにかかり手はクリーナーを掴んでいたのであるから、ある程度体の安定を保つことができ、緩やかな蛇行を含む高速度運転に堪え得る体勢にあつたと判断され、ボンネツトから容易に転落し死の結果を発生する蓋然性が極めて高度のものであるとは認められない。」とする点を考えてみるに、なるほど被害者辻は、原審検証現場における証人尋問に際し、「ジグザグをやられて、これはたまらんというので平衡をとるということはなかつたですか。」という問に対し「なかつたですね。」と答えており(四七八丁)、いかにもそれは身体の平衡をとらねばならない程の激烈な振動を感じていない旨を供述した観を呈しているのであつて、現に、原判決も右供述をとつて前述のように被告人のなした蛇行運転が緩やかなものであつたと判断する根拠の一つとしているのである。しかし被害者辻は、原審において右供述をなした直後、「体が揺れるということはなかつたですか」という問に対し、「そうですね、体が揺れたからおつかなくなつて荷台の上に移つたのだと思います。」とも証言しているのみならず、また当審において前記「平衡をとることはなかつた」との供述の趣旨につき、「ボンネツトに飛びのり、ワイパーにしつかり掴まり、ぴつたり腹這いになつていたので体勢はくずれていたが落ちるという危険は感じなかつた。ところがその後ジザググ運転をされたものだから安全な位置を保とうという気になり荷台に移ることになつた。しかし両手が前の方に延びていたし、足はバンバー上になく浮いていたので姿勢をなおすこともできなかつた状況である。自分が原審で答えたのもそういう状況を説明したつもりだつたように思う。」旨を説明しているのであつて、なお、その後荷台に移行する状況について「足をバンバーにのせていて、右手を掴んでいたワイパーから離し、ワイパーを掴んでいた左手に力を入れて体を引き上げるとともに足でバンバーを蹴り上げ、体が持ち上つたときに、空いていた右手をのばして運転台後方のアングルを掴み、今度は運転台の屋根に腹這いとなり、頭の方から荷台に滑り落ちるような格好で降りた。」と説明しているのである。したがつて、被害者辻の原審における前記「平衡」に関する証言部分をとらえて、蛇行運転が緩やかであつたとか、また被害者の体勢が一応の安定を保つていた証左であるとすることは些か早計であり、なお当審の検証の結果により認められるように、当時の被告人車のボンネツトの長さ、幅、地上からの高さ、バンバーの取付位置等の諸状況に照らし、身長一七三センチメートルの被害者がクリーナーを掴み、ボンネツト上に腹這いとなれば足はバンバーから浮くかもしくはそれより垂れ下がり、また足をバンバーに踏張れば腹部をボンネツト上に密着させて腹這いになることは膝関節の構造上不可能であること(もつとも当審検証に使用した車は、本件犯行当時の被告人車そのものではなく、同型車ということであつて、積載量、年式等の異なるほか、バンバー上端の地上からの高さが当時の被告人車のそれよりも約一〇センチメートル高くなつていることが検証調書添付の報告書及びカタログにより認められるが、そのほかは殆ど差異がないのであつて、右バンバーの高さの差を考慮に入れても上述したところのものは優にこれを推認できるところである。)を考慮し、且つ本件被告人車の左右二個のクリーナーは被害者がつかまつたためいずれも折損してしまつていること(六七丁表及び裏、六九丁、七一丁)ならびにボンネツトはもとより人や物を乗せるところではなく滑り易く且つ前部の方が低く傾斜し而も左右に多少のふくらみを有している形状であることをも併せ考え、更に前述のように、座席に同乗している者でさえ相当の動揺を感じたということからも明らかなように、高速車蛇行の際の遠心力をも加えて考えれば、ボンネツト上の被害者が一応の安定を保つていたものと断ずるにはなお少からぬ疑問があり、被害者が相当の高速で走行する車の運転台の屋根を腹這いになつて越え、頭の方から滑り落ちるようにして荷台に降りるというような極めて危険な冒険をおかしてまでも安全な場所を求めたという事実と、同被害者が原審において、「よく落ちないで助かつたなと思つています。」(四八一丁)と述懐している事実とをみれば、ボンネツト上の被害者は、むしろ、極めて危険不安定な体勢にあり自らも蛇行運転に遭遇して危険を感じていたのみならず、前述の諸点をも含め客観的にも転落の蓋然性ひいては人命の奪われる危険性が極めて高かつたものというべきであると思われるのである。」原判決はこの点においても、ボンネツト上の被害者の体勢乃至転落の蓋然性を誤つて判断した憾みがある。
既に見たように本件の蛇行運転が高速運転中に相当の動揺を与える程度のものであつたことを考えれば、逃げることに夢中で安全運転などということはもとより被害者の生命身体に対する配慮など毛頭もなかつた当時の被告人の心情には、被害者に対する確定的な殺意はもとより無かつたとしても、被害者を振落してでも逃げようという意識の根底には転落から生ずることあるべき危険な結果をも許さぬという程度の容認が包蔵されていたとしても決して不自然ではなく、被告人の原審公判廷における供述を含めて記録を検討しても、なお被告人の捜査官に対する各供述が任意性を欠き信憑力を減殺されなければならないものとは認められないところである。原判決が被告人の捜査官に対する供述の証明力を否定した理由には納得し難いものがある。
以上検討のとおり、本件は、被告人がボンネツト上に腹這いになつていた被害者を振落そうとして蛇行運転をした点において、当時の被害者の体勢、蛇行運転の態様、程度からみて被害者の転落の蓋然性が極めて高く、被害者の追求から逃れ去ろうとしていた当時の被告人らの心情からみても未必的殺意を認定するに十分な事犯であると認められ、したがつて本件につき単に暴行罪の成立のみを認めた原判決は、証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものといわなければならず、論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれない。
(関 小川 金末)